「螺」…「聖なるガンジス川」確認

2007_0704

「螺」…「聖なるガンジス川」確認

写真:「リンガ」にミルクを注ぐ巡礼者


 巡礼とは、歩くという身体所作を通じて、コスモロジーを体得する体験である。

 ヒンドゥー教の聖地であるバナーラスは、インド全土から巡礼者が集まる。聖なるガンジス河で沐浴することを無情の歓びとし、その沐浴は罪を浄化するとされている。この聖地にある巡礼路のうちのひとつ、アンタルグリヒー巡礼は「内陣の巡礼路」とも呼ばれ、バナーラスの聖なる中心であるヴィシュヴァナート寺院を終点として螺旋状に七周巡るルートを持つ。七八のポイントから成る周路は七つの輪(チャクラ)であり、シヴァ神の身体を象徴しているとされている。

 アンタルグリヒー巡礼のポイントの多くはシヴァ神のシンボルであるリンガであり、そこでは水を用いた儀礼が行われる。巡礼者はリンガに水やミルクを注いで祈る。注がれた水は、リンガの溝を伝わって常に北方向に流れるように設置されている。バナーラスではガンジス河が北方向へ流れているため、リンガを流れる水もガンジス河の流れと常に平行になる。つまり、アンタルグリヒー巡礼とは、水が北(シヴァ神の居住地とされるヒマラヤの方角)へ流れることを体験しながら聖なる中心へ収束してゆく巡礼路なのである。

 この巡礼路を踏査していると、迷路のような細街路をぐるぐると巡っていくのだが、徐々に方向感覚が失われて「めまい」のような身体体験となり、ガンジス河との位置関係もわからなくなる。そのような中で、各ポイントで体験する水の流れと方向は、「聖なるガンジス河」の存在を確認することができて、安心感を与えてくれる。私自身も何度と無く路地に迷い込み、リンガで方向を確認したことも多かった。都市内に散在するポイントで小さな水の流れを体験しながら、都市レベルでガンジス河の大きな流れと重なり合うという、ミクロスケールとマクロスケールが連動した「水の流れ」を組み込んでいる都市空間体験である。

 これらの同心円状に展開する巡礼路は、総体として巨大なリンガを象徴しているとも言う。ということは、各ポイントにおいてリンガに注がれる「流れ」を確認しながら螺旋を描いて中心を目指す道程は、巡礼終了時には、巨大なリンガを描き、その大リンガに注がれる水はガンジス河のものと重なる、という壮大なコスモロジーが展開される。

 遣水や若水汲み、水垢離や精霊流しを引用するまでもなく、このような水をめぐるコスモロジカルな関係は日本でもかつては至るところで行われていた。コスモロジカルな関係は、機能的には不要かもしれないが、身近な生活の中に自然の<存在>を埋め込む手法として位置づけることもできる。便利な生活空間から乖離してしまいがちな自然の意味を身近に据え直すことであり、私たちの生活が自然を忘却しないための、あるいは自然を離れて暴走しないための安全装置であるとも言えよう。頭で知識を学ぶことだけではなく、身体の所作を通じて意味を学ぶことをないがしろにしてはいけない。

ryujirokondo's trajectory

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